未決着下の探索配分
問いが閉じていないことは、探索を最大化すべきことを意味しない。今探索しないことも、後で探索できなくしてよいことを意味しない。
1. 本稿の範囲――停止条件ではなく、未決着時の配分
価値探索の停止条件は、いつ規範的問いを解決済みとして閉じてよいかを扱う。本稿は、その停止条件が満たされていない場合に、今どれだけ探索し、何を保存し、現在価値をどれだけ実現するかを扱う。
2. E / P / X
- E — 能動探索
- 研究、推論、実験、観測、異なる主体との対話、認知能力の拡張などを今行い、目的正当化に関係する情報を得る。
- P — 探索可能性保存
- 後で探索できるよう、情報、未改変対象、異説、主体多様性、自己改訂能力、計算資源、アクセス経路などを残す。
- X — 現在価値実現
- 現在の最善説明・暫定目的に従って、苦痛軽減、安全確保、制度運用、生産その他の実践を行う。
EとPは同一ではない。 能動探索が危険・高価でも、将来の探索可能性だけは安価に残せる場合がある。そこで「今は探索を抑えるが、探索できる未来は残す」という中間政策が成立する。
3. 四つの勾配
3.1 正当化関連性
その情報が「何を目的とすべきか」「目的は正当化可能か」という判断を大きく変えうるほど、EまたはPへの理由は強くなる。
3.2 探索機会の不可逆性
後から同じ条件で調べられる対象より、今失えば二度と調べられない対象の方が、現在の探索または保存理由を強くする。
3.3 能動探索の危険・機会費用
探索は計算・時間・現在価値の機会費用を持ち、危険な実験や存続リスクを伴いうる。探索が将来の探索可能性そのものを破壊しうるほど危険なら、Eを下げる理由が強まる。
3.4 保存費用
記録、少数の異説主体、未改変サンプル、自己改訂能力などを低コストで残せるなら、Eを下げてもPを高く維持できる。
4. Xは残る
目的正当化が未解決でも、現在の最善判断に従って行動する必要は消えない。苦痛軽減、安全確保、社会維持を待つことにも費用がある。本稿は「価値が確定するまで生産や実践を停止せよ」と要求しない。
ただし、反省的不確実性と不可逆コミットメントが論じるように、現在目的を暫定的に使うことと、その目的に基づいて将来の訂正能力を永久に消すことは別である。
5. E=0でも問いは閉じない
ある条件では、能動探索Eを一時的に0まで落とすことがありうる。たとえば利用可能な全探索経路が圧倒的な存続危機を伴う場合である。
しかしこれは認識的な結論ではない。問いは未決着のまま、配分上Eが0になっただけである。条件が改善すれば再開でき、可能ならPを維持する。終端停止との区別は停止条件で扱う。
6. 先行理論との関係
- MacAskill, Bykvist & Ord, “Moral Information”:道徳的不確実性下の情報価値。本稿は、評価尺度となる目的自体が未決着なケースを前面に置く。
- Arrow & Fisher (1974):不確実性・将来学習・不可逆性。本稿のPは、その構造を目的訂正の選択肢へ拡張する方向に近い。
- Robust Decision Making:深い不確実性下のロバストで適応的な政策。本稿では性能尺度そのものも未決着でありうる。
- Moldovan & Abbeel, “Safe Exploration in Markov Decision Processes”:危険な探索への安全制約。本稿では外界だけでなく、主体自身の目的正当化も探索対象になる。
7. 保存文明と生産文明
保存文明と生産文明は、このE/P/X配分を文明規模に拡張した問題として読める。問題は単純な「保存か生産か」ではなく、どの対象について、いつE・P・Xへどれだけ配分するかである。
8. このテーゼが主張しないこと
- 未解決の問いには常に大量の探索資源を投入すべきである。
- 探索可能性や可逆性が究極価値である。
- 現在価値の実現は価値探索より劣る。
- 探索が危険でも存続を賭けて続けるべきである。
- 一つの数値式だけでE/P/X配分を普遍的に決定できる。
9. 何がこのテーゼを弱めるか
- E/P/Xを区別する実践的意味がないことが示される。
- 探索機会の不可逆性や代替不能性が目的正当化に関する意思決定へ追加理由を全く与えないことが示される。
- 低コストなPが一般に存在せず、保存が常に同程度以上の不可逆損失を生むことが示される。
- 目的尺度自体が未確定でも、通常のexpected utility / value of informationだけで追加前提なく完全処理できることが示される。